「あら、今日あなたの誕生日じゃない。何か欲しいものを言ってごらんなさいよ」
「存在理由」
「では私の残りの人生をあげるから、私の為に生きればいいわ」
「……お見事なプロポーズで」
続・『うれしくないわけないじゃない』
みんなは言うのだ。
「すべて貴方のためなのだ」と。
僕はいつだって望んではいない。誰かの苦労の上に生きることを望んではいない。
僕の学校のために、僕の欠席のために、僕の治療費のために、みんなが手間をかけてまで仕事をしたり準備をしたり、「疲れた」と言うまで"僕のために"動いて欲しいなんて、頼んじゃいない。
けれどみんなは言うのだ。
「貴方のためなのに、そんなことを言うのは酷い」
……僕はどうすればいいと言うんだ。
「……これは?」
「あなたの一週間分のプリントよ」
「君が預かっていたの?」
ようやく気分が上向きになったので、ここぞとばかりに僕は久しぶりの学校に来た。すっかり忘れていた。僕が休んでいる間にも、"僕のため"のプリントが溜まっていることを。
十数枚のプリントの束を僕に渡した女の子は、僕が問いかけると「そ、そうよ!」と何故かどもりながら頷いた。
「そっか。ごめん」
誰かの手を煩わせてしまったことに、僕はそれまでの気分が萎んで行くような気がしながら彼女に謝った。
すると、彼女は更に慌てた様子で言うのだ。
「べ…っ別に、あなたのためじゃないんだからねっ!!」
僕は驚いた。それは驚いた。
今、彼女は何て言ったのだろう?
「ん…え、と…??」
「た、たまたま、席が隣だし、机の上に置いたままだと風に飛ばされてしまうし」
「そのまま飛ばしといてくれてよかったよ?」
「そんなの資源の無駄でしょ!」
僕が突っ込んでみると、ばん、と机を叩いて彼女は力説した。
「ちゃんと私が保管しておいたんだから、あなたはこのプリントを消化する義務があるのよ!」
「義、務…??」
唐突に発生した自分の義務に、僕は思わず目を丸くした。
しかし彼女はもう開き直ったかのように腕組みの胸を張って僕に言う。
「そうよ、私の"手を煩わせた"のだから、"私のために"そのプリントを消化してちょうだいねっ!」
「………」
ちょっと、いやかなり、目から鱗だった。
目の前の彼女は欠片も"僕の為に"とは言わない。いや、原因は僕だ。僕が彼女の席の隣だったから"手を煩わせ"られてしまった。プリントの保管と言う必要性を迫られてしまったのだ。
しかし彼女は(そう、彼女は)、"彼女の為に"という"理由"を僕に作ってくれたのだ。
僕だけの責任に留まらせない。ちゃんと彼女も僕の行動の責任を負ってくれるのだ。
いや、分かってるとも。
きっと彼女は"僕の為"にこのプリントを保管してくれたのだということは。真っ赤に染めた両頬が、見てるこっちが恥ずかしくなるくらいに赤くなっている。
けれど僕は、彼女のその言葉が嬉しかったんだ。
「うん。君の為なら、完璧に消化してこれそうだ。ありがとう」
「だ…っ!!」
…から、と更に顔を赤くさせて何か言いかけた彼女だが、始業のチャイムが鳴り響き「席に着けー」と先生が教室に入ってきてしまった。
僕らは慌ててそれぞれの席に座る。貰ったプリントをファイルにしまうとき、僕は自分が笑っていることに気付いた。
……少しだけ、"僕の為に"という人たちの気持ちが分かった気がした。
次に僕がその言葉をかけられるとき、きっと僕は「疲れた」と言うその人に返せるだろう。
「ありがとう、お疲れ様」
僕はもう一度小さく笑うと、新しい扉のように教科書を開く。
ちらりと見やった隣の彼女の頬はまだ赤く染まっていた。
(了)
最初からこうくるだろうと読めそうな話ですた(笑)
いやちょっと、ツンデレじゃないかなこれ…orz
こんな感じで長いこと付き合った2人が、冒頭の会話をしてくれたらいいなぁと。蛇足だったらすみません。
「あなたが鬱る暇などないくらい構ってやるんだから覚悟しなさいよねっ!」
とか言わせたかった。
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