数年前、と濁す必要はないだろう。
5年前から、とある事件がひそりひそりと続いている。大きくもならず、しかして途切れることも無く、歯の間に挟まった食べカスのような小さいが気になって仕方ないむず痒さのような感触を、ずっと引きながら。
それは「人の記憶が消えていく」事件であった。いや、事件、と呼んでいるのはおそらくこの家の中の者たちだけであろう。
世間では「現象」とカテゴライズされている。
「それでね、山本はまた僕とアレを間違ってしまったのだよ。全く、勘弁して欲しいものだね」
「んー、そうねぇ…。でも紗希、やまもっちゃんは仕方ないと思うんだー。
そこはぁ、灯ちゃんがちょっとおねいちゃんにならなきゃなのかもねぇ」
「うむ、僕もそう思う。だから僕はちゃんと、肩車をしてくれることで手を打ったのだよ。
僕とてそのことでいつまでも腹を立てるのは大人げないと思ったのでね」
「えらいえらい、灯ちゃんはもっちゃんよりずっと大人の子ねぇ」
「全くだ。男というものはいつまでも子どもだな」
紗希の手が伸びて僕の頭をくしゃくしゃと撫でてくれるので、僕はちょっと得意げになってそんなことを言ってみた。
「それ、もっちゃんに言ってみて欲しいかもー」とにやにやと紗希が笑うので、今度機会があったら山本に言ってみようと思う。
二人で座るには少し広いテーブルに、紗希の作ってくれたシチューとシーザーサラダが慎ましく並べられている。クリームたっぷりのシチューは暖かくてまろやかで、優しい味がした。
僕は昼間の美術館での出来事を紗希に話した。もちろん幾乃のこともだ。紗希は既に山本から彼女のことを知らされていたのだろう、僕が話したときは「うん、すっごい久しぶり」と目を丸めるにとどまった。留まるはずが無い事実であるにもかかわらず。
幾乃という存在は、この二人が目的の手がかりとして行方を追っていた人物の一人だ。今日一緒に来たのが山本でなければ…おそらく事態はあのタイミングで急激な展開を見せていたことだろう。
それだけに、紗希の胸の内は煮え切らないものがあるに違いない。
「また、会えるといいわねぇ」
そう呟く紗希の眼は、色が混ざり過ぎて逆に読めない色になっている。
BGM的につけっぱなしているテレビからは、今朝の新聞に載っていた「記憶喪失」のニュースが政治と国際のニュースの間にしれりと流れていた。
僕と紗希の視線は自然と画面に流れ、おそらくお互いになんとも微妙な色具合で眺めていることだろう。
事件の被害者が、全て『市岐』の人間であることに気付くのは、一番初めの事件からそれほど時間はかからなかった。
「ココに来てやっと動き始めたってところだなぁおい」
部屋に戻ってベッドに転がると、枕もとのうさぎからそんな音が聞こえる、なんてことはない。
僕は眼帯を外して天上を眺めた。
「他には誰がいる?
幾乃、智詩、藤本、…それから?あと行方の分からない奴は誰がいるんだったっけ?」
笑い声の混じった声音で問いかけられ…ているような気がする。
僕は天上を眺めつづける。
「このまま何もなかったことになんてできやしねぇぜ。いや、アレが全部の『市岐』の記憶を消し切れればそれもまた可能かも知れんがな。
座して収束を待てるほど大人しい連中でないのは、お前さんが一番よく分かっているはずだぜ?」
食いしばった奥歯がぎしりと鳴った。
"そうだった"、"ああそうだった"のだ。
僕だけの記憶に留まっていれば、僕さえ忘れてしまえば"何もなかった"のに、いまだアレは全ての関係者の記憶を消してはいない。なぜ真っ先に彼らの記憶を消しはしないのか。
無計画ではない。アレのやり方には怨念めいた匂いを感じるのだ。
"気付け"。"気付いて"くれ。
「……"しかし、巡りくる春を誰が止められようか?"」
低音の色の無い声が紡いだ。
僕は力いっぱい握った拳を、ベッドに叩きつけた。
日を避ける手段は何も日傘ばかりではない。つばの広い帽子を被るのも有効的だ。
紗希はいつも僕に女の子らしい可愛いアイテムを用意してくれる。ときどきちょっと「これはない(笑)」と思うものもあったりして、そのときの紗希の笑顔もなんだか様子がおかしいけれども…
今被っているサーモンピンク色のつば広帽も紗希が選んでくれたもので、僕もこの帽子はお気に入りだった。真っ白な肌と長い銀髪に、華やかな色を添えてくれるのは助かる。
「お腹減っちゃったねぇー?何食べよっか??いっつもお墓参りには天麩羅だから、今日はちょっと違うの食べるー??」
「僕は天麩羅でよいよ。天藤のおじさまのところはどうかね?」
「天藤さんのとこは紗希、たくさんすぎてやまもっちゃんがいないとちょっと辛いなぁ」
「では僕と一緒に食べよう。…あ、でも紗希が違うところがよければそちらに行くかい?尾張屋の本店が近くにあるよな」
浅草寺の参道を横切るように伸びるアーケードの中を、僕と紗希は手を繋ぎながら歩いていた。
休日になるとこのアーケードの中はお祭りでもあるかのような人の密度になる。浅草寺の参道も含めて真っ直ぐ歩けたものじゃない。慣れていないと前に進むことが億劫であるほどだ。
僕のような小さな子どもはちゃんと大人の手を掴んでいないとすぐにはぐれてしまう。
「尾張屋さんも天麩羅屋さんよー?今のボケ??
んでも、灯ちゃんが食べてくれるなら天藤さんに行きましょ。今年は時期も外しちゃったし、きっとそんなに混んではいないだろうしねー」
僕のうっかりした素ボケにきゃらきゃらと笑う紗希は、もう小さい頃からお墓参りで浅草を訪れるので、この界隈は庭のようなもだ。もちろん横道も知り尽くしているのだから、わざわざ混んでいるこの通りを通って向かう必要なかったのだが、この通りにある羊羹屋さんが目的でこうしてえっちらおっちらと歩いているのである。
僕は羊羹よりもお団子の方が好きなので、お昼を食べ終わったらアーケードを出たところのお店へ連れて行ってもらおうと思っていた。彼岸ではないので、僕の好きな彼岸団子は無いと思うけれど。
「舟和さんはぁ、色んなところにお店が出てるけれど、やっぱり本店で買いたくなるよねー」
やっとこさ舟和の前まで辿りついた紗希が「ふぅ」と息をつきながら笑う。紗希も山本もここの芋羊羹が大好きなのだそうだ。僕はもっさもっさしている甘ったるいそれがあんまり好きではないのだが、二人がほわほわとした様子で食べているのは至極良い眺めである。
紗希はきらきらとした目でショーケースを見やると、僕の頭をぽんぽんと叩いた。
「買ってきちゃうから、ちょっと待っててね。通りに出ると人にぶつかっちゃうから、お店の中にいてね」
僕がうん、と頷くと紗希はにこりと笑ってショーケースへ向かった。
店内と言っても通りと店を遮るものはないオープンな造りである。僕は店の柱の傍へ寄り、往来を眺めていた。
本当にいろんな人間が通って行く。なんだか知り合いでも通るんじゃないかと考えて、"僕"にはそれほど"知り合い"と呼べる人間はいないことに気付いた。
それがなんだか気に入らず、高柳とか日野とかものすごい確率で通らないかなと目を凝らしていると、
ばん 耳に馴染みすぎた音を拾った。は、と振り返ると、こちらに背を向けるようにアーケードから横道へ出ようとしている"黒い傘"が目に入った。
どくり、と心臓が大きく跳ねる。男か?女か?男か?男か…?!
開いた傘を肩にかけようとしたその背中は、女性では無かった。
「…っっ!!」
僕は反射的にその"黒傘"を追いかけに人ごみへ飛び込んだ。あまりの唐突な横切りに、若い男女の連れが驚いているのが横目に見えた。しかし構ってはいられない。
あの背中は男だった。"なにより"、なによりその頭は赤毛だったのだ。
「へい嬢ちゃん、どうしたってんだ?あれほど事態に関わることをよしとしなかったってのに」
いつものリュックの中から、顔を出したうさぎが声をかける、はずが………面倒だ。
「黙っていたまえ、エウブレウス。君だって言っていただろう、もう"なにごともない"ことなんてできない、とね。であれば僕の結論は一つだ。
張本人と話をつける。可能であれば拳で」
きっぱりと返答すると、後ろから「あひゃひゃひゃ」となんとも下品な笑い声が聞こえた。
確かエウブレウスという存在の彼は、持ち主を映す鏡であると"記憶している"。ということはこの下品な笑い方は僕を映しているってことなんだろうか。甚だ心外だ。
「いいねぇいいねぇ!現状に適応するためには己のこだわりさえあっさりと捨てる、俺は好きだぜ?!」
「履き違えないで頂きたいものだな。僕のこだわりはそこではないのだよ」
「ほぉぉ、起きる全てをスルーして大好きな人と楽しく幸せにいちゃこらするってことではないと?」
「……君はホントに僕の鏡なのかね…?
しかしその半分が正解だ。僕は愛すべき紗希と山本と楽しく幸せにいちゃこらするためなら、それ以外の全てなど興味が無いのだよ」
「ふあ、は、は、はっ!!シンプルだな灯!素直ってのは大事だぜオイ!」
人ごみの中を喋る"うさぬい"を背負った幼女が走っているのだ、気付く人は何事かと振り向くが、この喧噪。僕らの存在などすぐに紛れてしまう。
見失いそうな黒い傘を僕は必死に追いかけた。やがてその傘は浅草寺の中を通って裏手へと入って行く。鳩の餌の売り場が無くなって久しいのに、いまだあの灰紫色をした鳩は面白いくらい境内に集っていた。
傍を走り抜けると一斉に飛び立った。
一瞬、その羽ばたきの大きさに懸念したが、相手が僕のことに気付いているのは向かう先に人気が無いことで明々白々である。"よもや"いきなり「ずどん」とは無いだろうが、少し落ち着いて行くことに越したことは無い。
僕は足を緩めて深呼吸をした。1…、2…、……ざり、と玉砂利が鳴り、お社の後ろ、なんとも薄暗い"奴ら"の好みそうな場所に踏み込む。
「――"閉めます"」
静かな宣言と共に、ぎぢ、と空間が"軋んだ"音が耳をつんざいた。
新幹線でトンネルに突っ込んだ時のような圧迫感が鼓膜を押す。僕は生唾を飲み込んでやり過ごし、雨傘を閉じて佇む相手を見た。
「……騙された、君か。春兎」
「………君、誰?」
"5年前"から、すっかりと身長の伸びた少年に、僕は落胆した。
目の前に居るのはアレではない。かつて、アレと共に行動していた…いや、もう少し正確に言えばアレと共同戦線を取っていた藤本が連れていた春兎という少年だ。
少年は名前を知っていた僕、全く見知らぬ子どもに真正直な不可解の目を向けている。ぶっちゃけその色は僕だって同じだ。
「一体何をしているのかね?頭まで染めて、そのなり、『市岐』の人間が見たらこぞって襲撃を食らいかねないぞ?」
「…僕の質問には答えてくれないの?」
「答えたところで君には分からんよ。"僕の記憶が正しければ"、君は5年前の夏から"関わって"はいないだろう?」
「……?君、何?」
「勘がいいのだね。しかし僕は君の質問に"答えて"いる。今度は僕の番だとは思わないかね?」
「そういう取り決めを、した覚えもないよ」
む。意外に抜けていない。
春兎は一度瞬きをすると、するりと温度を下げた目で僕を見た。
「もう一度質問をするよ。君は"何"だい?」
「愚問だな、春兎。一度答えていると言わなかったかい?」
「追及しているのだけれど、それ以上を答える気はないってこと?」
「どこかの馬鹿が言っていたよ。『味方』だと示してくれれば話がスムーズだとね」
「そう、分かった。"イーバ"」
dao、と少年が静かに宣言した途端、彼の持っていた傘が燐光を放って形状を変えていく。
「いや、おい、おいおいおい…」
「僕もこの5年の間に、どっかの馬鹿に教えてもらったよ。
"話す気が無いなら話したい気分にさせればいい"ってね」
「…ば、」
「避けろ灯!」
――っかじゃねぇのっ?!
という僕の叫びは、背中のエウブレウスの言われなくてもそれしかない助言によって永遠に出番を失った。
短刀に姿を変えた傘を下げて春兎が向かってくる。僕は立ち竦んだ足をなんとか動かしてその攻撃を避ける。間近で空気の唸る音を聞いた。転がった先で僕はリュックと帽子を脱ぐ。追撃に掛かる春兎、僕は動きを止めないことを念頭にかけ出した。
「エウブレウス!その帽子は死んでも守ってくれ!」
「よし来た!俺は死なねぇから安心して任せられろ!」
うむ、心強いばかりだ。
春兎の剣術の腕はどこで齧ってきたのか、基本動作は出来てはいるものの、なんだか"慣れて"はいないように見えた。そう、"あの学校"にいた"彼ら"に比べればずっと、量も質も落ちる。
それが分かればもう怖くはない。"僕は知っている"のだ。
「ある意味では、君への答えになるといいな?」
ニヤリと春兎に笑ってみせると、彼は眉間のしわを更に寄せた。
ざり、と春兎が砂利を蹴って駆ける。僕は間合いギリギリまで待ち、突き出される短刀を左手で軌道を逸らしながら身を捻り、更に右ひじで春兎の鼻っ面を叩き上げる。
鈍い音とくぐもった声を上げて、彼の足が抜けた。短刀を持っていた袖を引き倒した上で足で踏みつけ抑え、逆側の腕をこちらへ引っ張りながら肘鉄した手でそのまま胸倉を掴んで地面に押さえつける。
うむ、我ながら綺麗に決まったものだ。惚れぼれする。"本来ならば"、鼻っ面を叩いた後に短刀を持っている腕をひざ蹴りで折るという段階があったのだが、さすがにそこまでする必要もないと思われた。
春兎の襟を掴んでいる方を少しずらして、顔をこちらへ向けさせて僕は言う。
「まぁまぁ落ち着きたまえよ春兎、何も難しいことはないだろう?話さないとも僕は言ってない。
君の質問の答える、君も質問に答える、それで済むはな」
「"bao"」
僕の口上を遮って、春兎が四声の宣言をする。
一瞬にして青い燐光が僕の頭部を覆う。しかし、
「…?!」
そこで初めて春兎の目に驚愕が浮かんだ。
燐光はその宣言通りに対象を爆発させることはなく、高い鈴のような音を残して霧散した。
「驚いているようだがこれに見覚えは無いかね、春兎」
僕は長い銀髪をするりと持ち上げて彼に左耳が良く見えるようにしてやった。
春兎の目が更に丸くなる。
言いたいことは分かる。僕の耳についているのは、5年前までアレが付けていた"魔法式"の付与されたピアスだからだ。
イグニ、ジーラ、そして反対側に先ほど春兎の宣言を無効化したボナビランクス。
「魔法使いのなれの果ての一族なら知っているだろう、あの虚構の塔の存在を。
仮にもそこの卒業生が施した魔法具だよ。君如きに破られるはずが無いとは思わないかね?」
あまりの春兎の驚きっぷりが楽しくてニヤニヤしてしまう。僕は悪役にはまれるかもしれない。
いや、下らない。この世に悪役もクソも無いというものだ。
「春兎、分かるかね?この状況、圧倒的に優位なのは僕の方なのだよ。
君は本来であればただ僕の質問に答えるだけしか出来ないところを、僕が"わざわざ"君を対等の位置まで持ってきてやって話している、という状況なのだよ。おーけい?おーけいだよな、分からないことなど何一つないはずだ、君は賢明な少年だったと"記憶している"。
であれば何も問題が無い。数分前までの状況に戻るだけだ。僕と君は何をしていたっけ?そう、確か質問し合っていたはずだ。君は僕が何者かと聞き、僕は君に何をしているのかと聞いていたはずだ。
追及結構、しかしまずは僕に質問の順番を回すべきではないかね?なぜなら、僕と君は対等であるはずだからだ。そうだろ?質問と回答の回数も公平に行こうじゃないか、そうすれば平和だ、何も争うことは無い。お互いに知りたい情報を得てさよならだ、win&winというやつだよ」
「……おい灯、灯」
僕が気持よく哀れな少年に向かって口上の続きを述べていると、後方からエウブレウスが呆れた声をかけて来た。
「お前な、いくら怒ってるからってちょっと程度が酷いだろそりゃ」
「………」
僕は口をへの字にして視線だけ後ろに投げた。エウブレウスめ、こいつの肩を持つつもりか。
しかし僕はこの間紗希が褒めてくれた通りに「大人の子」であるために、誰が何と言おうと正当である怒りの矛先を収めることにした。
「分かった。僕"も"悪かった。だが、だ。一つだけ君に忠告したい、春兎。
これは僕が怒っているから言うのではない。一般的なお話だ、むしろ君の今後のために言わせてくれ」
「……?」
僕の長ったらしい口上をずっと警戒した目で見つめていた春兎は、嘲笑の色を抑えた僕の気配に更に身を固めた。
僕はその目を見つめて一音一音、力を込めて言った。
「短刀で刺されたり、頭を爆破させると、話したい気持ちになる前に、人は死ぬ」
少なくとも僕は死ぬ自信がある。と言った途端、後ろでエウブレウスが爆笑した。
何故笑われるのか僕には理解できなかったので流した。
すると、
「ちょちょちょ、ちょっとぉぉ?!」
更に後ろから飛んできた声に、僕の心臓は跳ね上がった。それは黒傘を見つけたときよりもずっと高く跳ね上がった。
「何してんのよ灯ちゃんっ?!男の子苛めちゃだめでしょぉっ?!」
慌てて駆け寄る紗希の姿に、僕は春兎を振り返った。以心伝心ではないが、僕の問いかけを読んだのか彼はしかし首を振る。
「あ、なぁによー?これでも跡目ちゃんの花嫁だったのよぉ?
近くで誰かが"領域"を張ったら嫌でも気がつくように訓練されたわよー」
はいはい、と僕を春兎から離しながら、紗希はカバンからハンカチを出して僕の肘鉄で鼻血を吹いている彼の顔を拭こうとして、
「あれぇ?君、春兎くん??」
「……紗希、さん…??」
「やだぁ春兎くん、紗希、一瞬赤毛にびっくりしちゃったよー」
久しぶりの再会ということになったようだ。
「しかしあれだな、赤毛ダークエルフの言っていたことは本当だったな」
「んー?なんだ、フィブリスのことか?」
介抱ついでに何やら話しこんでいる紗希と春兎を、少し離れた場所から眺めながら、僕はエウブレウスと話していた。
抱えた腕の中からエウブレウスが僕を見上げる。
「そう。安全が確保されるまで動きを止めない、という教訓はその通りだったよ。
次はちゃんと腕まで折ろうと思う。さすれば僕もあのとき片手が空いたのだよな」
「そりゃお前、フィスさんはプロのようへ……"次"?」
眉を寄せそうな声音のエウブレウスに、僕はにこりと笑う。
「忘れたのかい、エウブレウス。僕は目的のためなら手段を選ばないと言ったはずなのだがね。
向こうが勝手に忘れてくれるならそのままに"してやろう"かと思っていたけれど、それを待っている時間は無くなってきているようだ。
ならば、僕の方から赴くしかなかろう?」
「は、は。一番動いちゃいけねぇ奴が動くってこったぁな」
「相変わらず全く使えない男だな、アレは」
違いねぇ、とかつかつ笑い飛ばすエウブレウスに、僕もなんだか愉快になってきて一緒に笑った。
「なにぃ?楽しそうねぇ灯ちゃん。
あとで紗希"おねいさん"とも、ちょぉぉっとゆっくり話しましょうねぇぇ」
春兎と話を終えた紗希がくるりと振り返り、満面の笑顔で僕に笑いかける。
僕はエウブレウスと笑いながら、背中に大量の汗が噴き出していることに気付いた。
(はいいろのいんぼう 了)
白兵戦を私に教えてくださいorz
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