べつに悪いなんて思ってないんだから1.
だいたいさ、ちょっと考えてごらんよ。
誕生日なんて自分がお母さんのおなかから出てきた日であって、本当に自分が"発生"した日じゃないんだよ?
途中過程でしか無い日をどうしてこうやって口をそろえておめでとうっていうのさ。誕生だったらちゃんと発生日に行ってあげなきゃ意味無いんじゃない?
だからさ、
4月1日とか
5月20日とか
6月11日とか
1月30日とかさ
全くもって意味無い数字なんだよ。ただの記号なんだよ。
仮にその日が発生日だったとしてもだよ?その日に君らのお母さんのお腹から君らが出てこようが違う日に出てこようが、俺と、つか5人が出会うことに何か作用でもあったと思ってるの?
生まれたか、生まれなかったか。
ここしかないよ。後はどうにだって、ぜったい、俺たちは出会っていたんだよ。
だからさ、別に全く関係ない7月25日って日だっていいでしょ。2.
「……これは一体…」
登校してきたねいさんが、机の上を見て呟く。
ちなみに、ねいさんのこの過程は先ほどキングもりんちゃんも踏んできた。もちろん、声には出さなかったけど俺もだ。
ねいさんの机の上には、山積みになった書籍…それも料理のレシピばっかりだ。おつまみからお菓子まで、ありとあらゆる料理を網羅しているんじゃなかろうか。
キングの机の上にはぽつんと、一眼レフのカメラが置いてあった。たしか、ハリネズミというシリーズのカメラだ。
りんちゃんの机には木箱に入った万年筆が慎ましく置かれていた。
「それで、イズミ、奴はまだ部屋に居るのか?」
とんとんと何かしらの規則にのっとってねいさんが机の上の本を並べ替え、丁寧に自分のロッカーへとしまう。
尋ねられた俺はとりあえず首を振った。俺が起きたときにはもう隣のベッドは空っぽだったのだ。
おそらく、この机の上の物のために朝早く出て行ったのだろう。そしてたぶん…
「……屋上か。朝とは言え、熱い場所に逃げ込んだなぁ」
人差し指を上に向けた俺を見て、キングが苦笑した。キングに苦笑されるとか、色々終ってるよ、郁…
「あれ、りんちゃんどこ行ってたんだ?」
がらりと教室の扉を空ける音がして、振り返るとりんちゃんが朝の暑さも感じさせない空気で入ってきた。
そしてにこりと笑うと手に持っていた紙袋を掲げた。
「いいものがあった」
学校内は教室と保健室に空調機器があり、他は体育館に申し訳程度の扇風機があるくらいで、当然のことながら廊下・階段等にはそんなものは存在しない。
ましてや、屋上に続く階段など人が通る頻度も少ないので、踊り場にある窓は閉め切られており、更に階数が上がると空気がこもってきて半端ない蒸し暑さとなって来ていた。
「しぬ…」
というねいさんの一言以外、びっくりするほど会話が無いのも無理はない。
そうしてやっとの思いで階段を上りきると、ねいさんとキングが争うように屋上への扉を開いた。
さっと、夏の生温かい…しかしそれでも今の俺たちにとっては心地よい涼風が、4人の間を通り抜けた。
「あーーーーーーー……っ あつかったぁぁぁ……」
両腕を広げて空を仰いで、キング。学校の周りはホントになにもない、ただ畑と田んぼが続くから吹けば風はあるのだ。
郁はバカとなんとか…あ、バカって言っちゃった…とにかく高いところが好きなので、意識か無意識か、よく逃げ込むのは屋上だ。屋上に逃げ込むのは、もしかしたらここの5人共通の話かもしれないのだけど。
空が近い。俺としてはそれが一番好きな理由だ。
なまなまと湿気を含んだ風で一休みして、俺たちは出てきた扉の裏手に回った。
絶対に居る。つか、そこしか今のところ日影が無いので。
しかし逃げることなど無いのに。人に物を贈っておいて後ろめたくなるとはどういうことだ。
まぁ、たぶん、後ろめたくなったから贈った、ということなんだろうけど。
さすがにりんちゃんの誕生日まで忘れてた、てのは痛かったんだろうな。とんだマイペースを発揮しておきながら、気にすることは気にするタイプだめんどくさい。
「誰も漏れないように、まとめたんじゃない?」
そんなりんちゃんは、小さく笑いながらステキな推測をしたのだった。この人は本当にすごい人だ。
郁が懐くのも、本当によく分かる。
ねいさんがさっきからちょっと考え込んでいる様子なのは、たぶんあのレシピの中から何を作ろうか考えているんだと思う。
「ハリネズミ、てさー、あれやっぱりあのカメラで彼女を撮って来いってことだよな。ハリネズミの味のある写真で…燃えるじゃないか」
頼むから変な方向には燃えないで欲しい感じで、キングがるんるんとしている。そろそろこの男は正式に彼女に申し出るとかした方がいいんじゃないだろうか。
そんなやりとり(俺が聞いていたので傍目にはキングの一方通行)をしながら裏手に回ると、果たしてそこに郁は転がっていた。
頬が少し紅潮している。そりゃ暑いからなぁ。
俺たちは互いに視線を合わせて、にんまりと笑った。
ポケットに入れてきたりんちゃんの「いいもの」。ここまでの汗でしけってたりしないだろうか。さすがにそこまではないか。
そして天上へかざして、夏のちょっと濁った青空を突き破る様にクラッカーを打ち鳴らしたのであった。
クラッカーの音でも起きない郁が実は熱中症中であったことに気付いた俺たちは、慌てて奴を保健室に放り込んだ。
危うく誕生日プレゼントが悲劇のプレゼントになるところだったよ…了
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