また 二人で見つけようね『永い夢』ただいまと、貴方に一番に言いたかった。
手を伸ばしても平気なんだと錯覚もしたけれど、やっぱり僕は貴方の傍にはいられないんだ。「本当に授業に行っちゃって大丈夫、かな?かな?」
制服のボタンを掛けながら、スウが寝ている俺を見下ろした。
重い手を挙げて、「へいき」と笑って返す。
「ちゃんと授業は出ないとな。なんて、俺が言える立場じゃねぇけど」
「確かにそれ…は言える…かな。イキさん、…この間の実践授業…も、途中で…」
「?」
言葉が妙に途切れるスウを不思議に思って見やると、彼は俯いて……ネクタイと格闘していた。
眉が真ん中寄りに、少し唇をムッと前に突き出して。ぎこちない手つきでネクタイを結ぶが、どうにもバランスが悪くなってしまうようだ。
思わず噴き出すと、びっくり、という顔で振り返った。ごめん、と謝るも、スウは不満げだ。
仕方ないなぁ、と寝ていたベッドから起き上がって、スウの元まで向かおうとすると慌てて向こうから飛んできた。
「お、起きちゃダメかな、かな!」
「だいじょうぶだいじょうぶ、ちょっとだから、これ」
ベッドに押し返そうとするスウの手を押さえて、もう片方の手で不格好なネクタイを引っ張った。
「俺がお手本を見せてやろう」
俺は俺が考えてるスウよりも、今目の前のスウに居て欲しいよ。
人の認識なんて変わってしまうから。いつか、自分の中でスウが変わってしまうかもしれないことが悔しい。
どんなにたくさんの「スウ」がいても、俺にはたった一人だよ…にやりと笑って、ネクタイをすぽんと解く。
更にびっくりしているスウに、「高校はこれでもブレザーにネクタイですよ」と言っておいたが、はたしてこの子に高校が分かるかは考えない。
手元を見ようとすると視点がふらついて視界が揺れるのを、眉間に力を入れて堪える。
「…こうやって、最初にちゃんと三角を作っておくんだよ」
ネクタイの幅を基準に作った正三角形を示しながら、くるりくるりと結んでいく。
すると、ふと空気が揺れた。ん?と顔を上げると、スウが可笑しげに笑っていた。
「イキさん、眉間に皺寄ってるし、お口ちょっと尖ってたかな」
「……」
それは君もだったよ、と言ってみると、スウは「え?!」とやはり驚いた。
最後に、後ろから重なった部分の三角へネクタイを差し込むように入れて、形を整えれば綺麗な結びの完成だ。
「これでおけー」
ぽん、と軽く叩いて、にこりと笑う。
「わー…ホントに綺麗に結べているかな!」
すごいすごい、と大きく感動してくれる子に、ちょっとこちらが照れてしまう。
「それ、完全に解かないでちょっと緩めた状態で頭から抜けば、綺麗な形のままずっと使えるよ」
すでに顔は赤いだろうから照れてることなんてごまかす必要無かっただろうけれど。
するとスウは結ばれたネクタイを見てちょっと考えてから、とても申し訳なさそうに俺を見た。
「あ、あの…ごめんなさい、イキさんの言うとおりだけど…
僕は自分でイキさんが結んでくれたくらい上手に結べるようになりたいかな。かな。
だから、きょ、今日が終わったら、解くね」
俺はきょとんとしてしまった。「あ、うん」
スウが頼んでくれればいつでも結ぶし、そんなに時間がかかることではないし、何がこの子を申し訳ないような顔をさせるのかがよく分からなかったけど、スウがこういう子なのは知っていた。
…あのね、イキさん。
僕は本当は誰かの中に僕が残る事が怖かった。
けれど貴方の中になら、僕は残る事が出来れば幸せだって思うかな。かな。「じゃぁたくさん練習しとけよー。俺のレベルは割と高いぞ」
だから、そんなことを言ってふざけてみる。がんばるかな!とスウはやる気だ。
時折この子は、人に不快を与えてしまうのではないかと、ひどく懸念しているように見えることがある。
そんなことなどないのに。と、自分も言えたらいいのに。
何故だかその言葉が、今は…今の自分ではこの子に届かない気がしたのだ。
「それじゃ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
ブレザーを羽織りカバンを肩に下げ、スウは元気よく出発のあいさつをして出て行った。
…忘れないよ、スウ。
ずっと一緒だ…一緒だよな。
スウに会えてよかった。
もう一度、…心を預けられる人に会えてよかった。
ありがとうな。
ここに来てくれて、…巡り逢ってくれて。一人残されるのが寂しくないのは、日が落ちたらまたあの子に会えると分かっているからだ。
あぁ本当に……本当にこんなこと言うのやなんだけど…だから安心して眠れる。眠ってしまえばきっと、あっという間だろう。
元気でな。
………………さよなら。目が覚めたら、きっと、すぐそばに。
また 二人で…
最後にやりとりさせていただいていたMRPの言葉を拝借。
あのときの一連もそのうち起こしたいですが…よいでしょうか…??汗
スウくんがネクタイ上手く結べました報告をしたい理由、など考えました(笑)
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