このお話しの前提として、とらの家の配下にある木場という人間に、同じく配下の界眞という家の頭領を殺すよう実質命じており、そのフォローを市岐ではない「外の魔法使い」に頼んでいる、という過程があります。
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『不在しています。
12月27日~1月6日
ご用事の方は431号室ギア・スクリュさんまで』
ぺたり、と自室の扉に張り紙を貼って、俺は荷物らしい荷物も無いカバンを背負い直した。
『行けるか逝けるか生けるか』
見事にクリスマス当日に風邪を引いた俺は、帰省予定日である26日をずれて27日の正午に戻った。もちろん帰省予定日というのは俺だけの中の話で、23日あたりから家にいるのが本来であるので、たとえ26日に帰省したとしても姉ちゃんの冷やかな視線にはぶち当たったことだろう。
…間違えた、姉ちゃんの冷たい視線はいつもぶち当たっていたか。
クリスマス前に友人の黒ウサギくんから「クリスマスのエピソード」をご所望されていたが、実は、無い。
表向きは一般家庭を装っているために家族でケーキくらいは囲むことがあっても、俺はその後すぐに本家に向かう。新年、というよりは晦のための準備を始めなくてはいけないからだ。
なので、友人や恋人や、そういう人たちとクリスマスを過ごしたということは無かった。
だから、今年は向こうで過ごしてみたかったのだった。
学生最後。それがそのまま、向こうの友人たちとの最後になりかねない。
「…御戻りが少し遅かったようですね?」
深く一礼をしてから、真っ直ぐ上体を起こした黒い視線は、しかしその姿勢とは裏腹に読み切れない意図を持っていた。
界眞頭領。名を知ってはいたが、俺には不要なものだったので切り捨てた。
本家の奥の間、大晦を迎える前に各家の頭領と左家の長老たちと顔合わせが行われている。界眞頭領は黒眼がちな双眸を細めて、たぶん笑いかけたのだ。
「来春には卒業となります。そのための準備に少々手間取ったようです」
淡々と頭領に返したのは隣の幾乃だ。基本、『彝器』としての跡目が言葉を発することは無い。ここにいるのは人間ではなく単なる食器である。
「おめでとうございます…というのは少し早いでしょうかね?
しかし跡目様のこと、よもや卒業できない、なんてことはありますまい」
おそらく…嫌味ではない。とても人のいい笑顔だった。
そう、界眞頭領は、とても良い人、なのだ。頭が切れ、誠実であり、自分の家の者に対して細やかな気配りと繁栄の為に尽力する。
"そうであるから"、ある一部分で一線を越えてしまっているのだろう。
ひとおにに対する絶対的な盲信。そこから起因する人を人とも思わない所業。
あれだけ細かい采配が出来るのに、なぜ木場の彼の気持ちが汲めないのだろう。
不思議で仕方ないところではあるが、結局のところ頭領のこうした部分が俺にとっては都合が良く出来ていたので、そこはまぁ「ぐっじょぶ」と言っておこう。
GJ界眞頭領。残念だったね。
両隣りの右家当主と左家当主と、2、3くらい形式的なやり取りを行った後、頭領は立ち上がって部屋を出た。大祭の年では無い今年は、新年も含めてこれで彼の仕事は終わりだ。
最後にこちらへ一礼するときに少し驚いたのは、俺が視線だけ彼の方に向けていたからだろう。
食器は動かないから食器なのである、ので。
一通りの顔合わせが終わり、俺だけなっげぇ巫祝王の暇潰し(俺にはそうにしか思えない)に付き合い、本家の自室として宛がわれている部屋に戻ってきたのは深夜もいいところだった。
長時間同じ姿勢で動かずにいるのは結構きついもので、かつ全く喋らないというのは更に精神的にも参るものがある。その後の巫祝王の暇潰しさえマシだと思えるくらいだ。
えっちゃんを学校に置いてきてしまったので部屋に戻ると話す相手がいなくなってしまうわけだが、従兄弟のいる居間に行くのも億劫だった。
少しだるい。結局下がり切らないまま無理矢理帰ってきてしまったから、また熱が上がっているんだろうか。
上がっているのならば誰かに知らせなければいけない。まぁ…だからと言って、晦の準備が遅れるかと言ったらそんなことはなく、「がんばれ」と乗り切られるだけなのだが。
だるさに勝てずまどろみに浸かっていると、ふと馴染んだ冷たさが額に触れた。あ、と目を開ければ、間近に紗希の顔がある。
口に何かを含んでいる。「紗希、ストップ」
近距離の先の口に手を当てて制止させると、彼女はびっくりした表情で顔を離した。口に含んでいたものを、置かれたコップに戻す。
俺は彼女越しに見える柱に掛けてある時計の針を確認した。もうそんな時間なのか。
「いくちゃん趣味悪い。狸寝入り?」
「いや、紗希の手の冷たさで起きた」
口を拭いながら嫌そうに眉をひそめる紗希に、違います、と訂正を入れる。
それからよいしょ、と起き上がり、先ほど紗希が戻したカップを取り上げると反対側へ置いて、そして紗希の頭をぽんぽんと撫でた。
「もういいんだよ、紗希」
「………」
何がいいのか、彼女には分からないわけがなかったので目を見開く。見開いた後、明確に怒気を含んだ目をした。
「何がいいの?それはいくちゃんが決めることじゃないでしょ?」
「俺が決めることだよ。俺と紗希が決めることでしょ。
こんなのおかしいでしょ?」
「…今さらだわ。一体いつから続いていると思ってるの?おかしいなんて…おかしくないからこそ続いているものなの。おかしくないと判断するのは私たちじゃないわ」
まるで幾乃のように冷たいくらい静かに言い切ると、紗希はするりと動いて上に乗る。ぐ、と両肩を押されるので、倒れないように両腕で突っ張った。
「判断しなくちゃ、紗希。君は誰なの?」
「…いくちゃんそれ飲んでよ。紗希、そんなの聞きたくないわ」
肩を押す手に力が籠る。この体勢はちょっと腹筋が辛い。
紗希がそれというのは、コップの中身のことである。もちろんここで飲むわけには行かないのでスルーの方向だ。
視線を合わせない紗希の顔はとても辛そうだ。可哀そうになってくる。事実可哀そうなことなのだ。これが彼女の役目で、目の前にいるのが誰かでは無くて俺だから。
左手を離すとその分が腹筋と右手に掛かり、すぐに震えてくる。少しだけ頑張ってほしい。
離した左手で紗希の細い顎を取って、軽く、ホントに軽く、触れる程度に唇を重ねた。
「こゆのはちゃんと好きな人としなきゃね?」
その行動にびっくりしたのか、勢いよく後退した紗希に向かって言う。
…と、一拍遅れて腹に重い衝撃を受けた。「っ?!」
紗希の鳩尾への右拳が綺麗に決まっていた。
ぐぉおおお、と腹を抱えた俺を残して、紗希はダッシュで部屋を出て行ってしまった。
「………わー…」
一人残されてしまった俺は、彼女を止めるためとはいえなんつーことをしたんだろうかと、鳩尾をぐぅ、と押す。
ちょっと酷かった。酷かった、よな。
………たぶん、なんというか、きっと嫉妬だ。紗希が想う人に対する嫉妬を含んでいた。
けれどこれでいいはずだ。これが本来あるべき形なのだと思う。好きでも無い人とすることではない。
いつも胸に下げているケルティック・クロスを握ろうとして、まだ正装から着替えてないことに気付いた。この下にクロスは無い。
早く着替えなければ皺になってしまうと思いつつ、起きあがる気にはなれないまま。
その嫉妬というものが、家族を取られてしまうというものなのか、初恋の人を取られてしまうというものなのか。
大切の中の想う気持ちの、親愛なのか、恋慕なのか。
自分の一部が欠けるというものなのか、自分の中へ取り込み損ねたものなのか。
依然、曖昧なまま。
「「…やってくれたな」」
31日。
この期間は日課となる巫祝王との謁見(暇潰し)の最後ににやりと笑われた。
一瞬、昨日の紗希とのことかと思った。が、違う。
この笑いはもっと昏い。
「……そう思ってないだろ、あんたは」
「「立場上言っておいた方が盛り上がるかと思ってね」」
「なんのだ」
電波でも貰ったかと思うような発言をする相手に、俺は脊髄反射で突っ込んでしまった。
奥の間の外に出ると、外はもう暗かった。
部屋のケータイを確認すれば1件着信が入っていた。着信の相手は、期待通りの相手だった。
ケータイを突っ込んだ上着を被って外へ出る。街灯はまばらにあるばかりで、家の周りは夕闇に沈んでしまう。
別に家の中でもよかったのだが、あの部屋で友人に電話をかける気にはなれない。
「……あ、もしもし。ごめん、電話出られなかったみたいで」
『あぁ、いや、留守電に入れておいたんだが』
「あ、なんか入ってたな。ごめん、そんなに時間が経ってなかったから掛け直しちゃった」
着信が入っていたのはほんの10分ほど前。ちょうど黄昏時だったろう。
久しぶりの友人の、しかし静かな落ち着く声音が心地よい。
『そうか、いや、俺も出来れば直接伝えたかったから、掛け直してくれて良かった。
終わったよ、俺も木場も怪我は無いよ』
それは優しい終わりの宣言だった。
言葉を選んでくれた友人の心遣いがとても嬉しい。
「そうか、ありがとう。二人とも無事でよかった。
…木場は、どうしているの?」
『ん、……まだ座り込んでる。風邪引かないうちに引っ込むつもりだが、もう少し放っておいた方がいい気がする』
「うん…そうだな。ごめん、俺が行くまでちょっと見ててやってくれないか?」
『来れるのか?』
「行けなくても行くさ」
『意味が分からない。秩父の駅にいるよ』
「おけ。車飛ばすわ。
"手伝い"、ありがと、もう少しだけよろしくな。千羽」
どういたしまして、と笑い声を残して千羽は電話を切った。
春先に卒業していた千羽に宛てた俺の今回の協力要請の依頼を、彼は快諾してくれた。こんな依頼の中身を、千羽は了解してくれたのだ。
界眞の頭領が消えた。
畳んだ携帯を握りしめる手が震えている。寒さの所為だ。
頭が消えた。これで残るは烏合の衆。…なんて、そんな単純なものではないが、しかし前ほどの統率力と行動力は無くなるだろう。
秩父駅に着いて車を降りた俺を、木場の右ストレートが出迎えてくれた。
殴られないわけがないと思っていたが受け入れるのが筋だろうと、俺は回避も防御もしなかった。殴られた左頬がじんじんとする。
木場は胸倉を掴んでもう一発と腕を上げようとしたが、震える拳は途中で力を失って落ちた。ごつ、と俺の額に頭突きした木場の歯が食いしばられている。伝わったのは、彼の振動だ。
「…ありがとうな、伸幸」
胸倉を掴む、というよりはしがみついている手を上から軽く叩き、もう片方を背中に回して小さな子にするように撫でた。
一歩離れたところでこちらを見ている千羽が、俺の視線に気づいてぱくぱくと口を動かした。「ご苦労さま」と言っているようだ。
俺は苦笑してひらひらと手を振った。まだ彼に話したいことがあったので、「ちょっと待ってて」と同じように口を動かした。
自分でやれよと木場に言われ、記憶消去の術を知っている木場を取り込んでもいいというのなら、と俺は答えたが、本当はそれだけではなかったのだ。彼の両親と養父が界眞頭領に殺された、その報復をさせた、それだけでもない。
『市岐』が嫌いなのだ。心底嫌いなのだ。
彼が嫌いなのではない。けれど『市岐』が嫌いなのだ。だから彼に消させた。市岐である彼に、市岐の頭領を殺させた。
矛盾なようでいて不思議と衝突しない感覚だ。
とん、とん、とゆっくり木場の背中を叩いた。
彼が年末とはいえ人気のある駅中でこんな体勢であることに気付いて恥ずかしくなるくらいに冷静になるまではこうしていよう、と。
そう思えるくらいには、木場が嫌いではないのだ。
(了)
それからこんなバトンに回答していました(笑)
嫁にしたいバトン(千羽さん抜粋)◆ 彼らを色で例えると?■ 前に色バトンとかで千羽の色を赤、て指定していた覚えがある。
今考え直してみると青、かなぁ。確か千羽の目の色が青っぽかった気がするんだ。空の青っていうよりは海の青ってかんじだな。北の方の海じゃなくて南の方の海の青。
不思議なことに千羽には陽気なイメージがあんまりなくて気候もどっちかってーと冬っぽいのに海の青さは南なんだ(笑)
あれだよ、千羽はアロハシャツも似合いそうなんだよ。でもきっと着流しであらぶってる日本海とかも似合いそうなんだよ。★最後にこれ回してくれたあの人のイメージは? 千羽のイメージ…?!海、は答えちゃったからなぁ…
うーん、とー…時計、かな??鳩時計とかじゃなくて、おじいさんの古時計みたいな静かでゆっくり揺れてるような時計。見てると安心する感じとか。確かにいるんだけどすごく場に馴染んでいて不自然じゃないんだ。どこにいてもしっくりくる、なんつか、調整役とか緩衝材とか表立ってはどうこうすることは無いんだけれど、いないとちょっと不安になるところが時計ってイメージ。
あ、そゆ意味だと古時計ってよりは腕時計とか、ケータイとかでもイメージが合うかもしれないな。千羽がケータイか…なんかそういうCMがありそう(笑) 千羽がケータイだったらなんだかどーでもいい情報の間にすごく大切な情報を挟ませてきたりしそうだな。千羽さんケータイ、私、すごく欲しいです(笑)
更にそのバトンに添えていた千羽さんのイラストです。
よろしければお納めくださいっ!!このイケメンめっっ(こら

………千羽さんの眼帯って右でしたよね…??(・ω・`;)
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