灯ちゃんの方が進みが遅くなって来まして、これホントに4月に終わるのか(^p^)という気になってきましたよぉぉむしろ今の私のいるプロジェクトが終わるのかって気分ですよぉぉぉ(どうでもいいNE☆)
『るらんどりーめらんこりっく』2
「…なぜこうなった」
雑多と建物が並び、渾然とする人々が闊歩する都会にあってもなお、人目につかない路地裏と言うものがある。
何かしらの力が働いているんじゃないかと思ってしまうくらい誰も立ち入らないような丁度良い狭さの道。窓のない両側の壁。
まぁ…今は確かに、目の前の市岐の人間が張った『領域』があるために、人が寄らないということもあるのだが。
「知らんよ」
白い日傘を畳んで、僕は彼に返した。背中のリュックから「ぶは」と噴き出した声が聞こえたが、今はスルーの方向だ。
彼の「なぜ」「こうなった」の「こうなった」部分とは、イネが市岐の人間の記憶を消して回っている現状を指しているのだということは分かるが、「なぜ」と言われても僕はイネではないので知らんと言うほかない。
「知らないわけがないだろう、あんたは全ての市岐の心が読めるんじゃないのか?
それとも、もうその読むだけの媒体がないというのか…?!
『融即の理』はもうないというのか!?」
男の顔に突然、焦燥が現れた。どいつもこいつも理理と…そんなもん無くても生きていけるとなぜ気付かないこの一族は。
僕は完全に白けた。「知らんがな」
いつか春兎は僕に聞いた。「記憶を消されることはそんなに怖いことなのか」。今、目の前の男が恐れているのは記憶を消されることだけではない。
イネに『融即の理』を奪われることも、だ。いや、むしろそちらの方を恐れているのではないか。
もしかしたら…記憶を失うのを恐れているというのは僕の勘違いかもしれない。
そうだとしたら、こいつらは市岐でさえないのかもしれないな。
「…奴はどこだ?」
「跡目のことかね?僕の回答は同じだよ、僕は知らないし、お前に教えることなど何もない」
「あんたはそれでいいのか!?跡目が市岐の全てを奪おうとしているこの状況で!
いつ奴が俺やあんたの理を奪いに来るか分からないんだぞ、俺たちが信じてきた約束はどうなるんだ、巫祝王!」
…なんて男は僕のことを呼ぶが、もちろん僕は巫祝王などではない。
語弊を承知で言えば、"今"の巫祝王と呼べるのは、イネの方だ。
だが、そんな情報をこの末端の男が知る術などない。全く事態に置いて行かれてしまった中でこの男は右も左も分からず、しかし確実に迫っている"最悪の結末"に怯えているのだ。5年前からずっと。
無計画ではない。アレのやり方には怨念めいた匂いを感じるのだ。
そう、この男が、いつぞや死んだ育斗の腕の写真を幾寅に渡し、山本の安否を揺るがしかけた、その本人であるから。
「知らんと言っているのだよ、さっさと僕の前から消えろ。
さすればお前の恐怖が少しでも早く終わることを祈ってやらんでも無いぞ」
もちろん、僕だってこんな言い方をすれば焦燥感でいっぱいの相手が激昂するくらいは心得ている。
完全に目の色が変わり、男は僕に向かって突っ込んできた。その右手に青い燐光がまとわりついている。
僕はポケットからルメンナールの輝石を取り出して、ぐ、と両足に力を込めた。
あの青い燐光を散らす、本当ならシレントにしておくべきだが、おそらく光で驚かせるだけであの燐光を保てなくなるだろう。
「"私たち"は永遠の安寧を手に入れたんだ!」
「お前たちに訪れるのは永劫の常闇だよ」
僕に向かって伸びる右手の燐光が、不意に消えた。
自分の『領域』である。その"完全無敵"であるはずの空間で自分の力が喪失したことに驚愕する男の手を、僕は掌で軌道をずらし、
「それまで震えて眠れ 夢見るクズ共」
その腕を掴んで引き寄せた男の即頭部を、上段で蹴り飛ばした。
蹴り飛ばす直前に靴に付与してあるクアリネジメントを発動させ、2倍の重量と遠心力が加わった衝撃に、男は盛大に横へ吹っ飛ぶ。
倒れて動かなくなった相手に駆け寄り、とりあえず呼吸をしていることを確認した僕はリュックからエウブレウスを取り出してウェパールとサナスマを掛けた。
「…クモ膜下などになっていなければいいのだが」
「頭を思い切り蹴飛ばしといて何言ってやがる」
外傷はサナスで塞ぐことはできるが、脳内の問題となるとこちらから手をつけることができない。エウブレウスのごもっともなツッコミは重々承知の上で頭部を狙ったのだが、死なれても寝ざめが悪い。
僕はこいつの恐怖を終わらせるつもりなどさらさらないのだ。
「致し方ない。救急車というか警察と言うか、なんかそれっぽいものを呼んでおこう」
僕は振り返って、こちらへ歩み寄ってきている人物に頼んだ。
「すまないが、電話を貸してくれないかね。僕のはさっき電池が切れてしまったのだよ」
「ちゃんと毎日充電してくれ」
千羽・F・キスリング。赤毛の隻眼が柔らかく微笑んでいる。
「先ほどはありがとう。助かったよ」
「特に必要なかったような気がしたけれどな」
千羽はそう言いながら僕に携帯を渡してくれた。
先ほどの、この倒れている男の右手の燐光をシレントで消したのは、彼だ。
僕は電話を発信して警察に連絡した。彼らが到着するまでこの男の傍にいる義理はない。
早々に去らねばならない。一緒にここまで…池袋に出掛けに来ていた紗希からも迷子になっているし。
「君がここにいるということは、彼女も近くに来ているのかね?」
「それは…今が非常事態であると君は認識しているということか」
「もちろんだとも」
彼の言葉に僕は頷いた。これが非常事態でなければ僕はちょっと泣きたくなる。
「そして、君がここにいるのが"偶然では無かった"のなら、確実にね」
千羽は小さく肩を竦めて僕から携帯を受け取った。
千羽は5年前の冬、界眞頭領抹消を実行する牙の支援を依頼された後、もう一つだけ幾寅から依頼を受けていた。
それはどちらかと言えばお願いごとであり、彼の善意に委ねるくらいのものであったが、おそらくこの誠実な(と、僕は評価する)男は友人の有事を黙って見てはいないだろう。
という推測の下、僕が彼の後ろを見やれば、裏路地の入口に僕の持っている日傘とは逆の黒い傘が見えた。
「ご明察。
こんにちわ。灯ちゃん」
そして反対側からも駆けてくる足音が聞こえた。
この間、美術館では惜しくも山本だった。だが、今日は違う。もしもそのようなものがあるのなら…やっと運命のピースが嵌った、というところだろうか。
「……幾乃ちゃん」
隅で昏倒している男の領域を察知して走ってきたのだろう紗希が、綺麗な無表情で佇む女性の名前を零した。
「灯ちゃん、この間聞けなかったことを聞いてもいいかしら。
紗希もいるし、ちょうどいいわ」
「もちろんだが…一旦この場を離れないかね?警察がそこの人間を迎えに来るのでね」
「すぐに済むわ。ええ、すぐに」
幾乃の口調はいつも芝居がかっているように聞こえた。一枚ベールを被るように、しかしきっと、そのベールを取っても同じ無表情がある気がしないでもない。
僕の肩を軽く握るように手を置いている紗希をちらりと見上げて、僕は幾乃にひらりと掌を差し出した。
「ありがとう。
では単刀直入に。この件から手を引いてくれないかしら?」
「…………
僕のこれまでの経験から述べると、君のそれは質問では無く、警告だと思うのだが」
「まぁそうね」
僕の記憶が正しければ、前に幾乃は「お話しをしたい」と言っていたと思うのだが、そんなことを言ってもやはり「そうだったわね」と言いかねないくらいの雰囲気で幾乃は頷いた。
これから僕が返答する内容は決まりきっているのだが、それだけにこの先、彼女とちゃんと話が成立できるのかと、要らない(と、いいな、ていう)心配が湧いてきてしまった。
「……僕や紗希がそれに頷くとでも?
5年と言う歳月を考えてみたまえよ」
かと言って、はいそうですかとなるはずもなく。
僕は(心配などありもしないように)決然と返した。
「まぁ、そうよね」
怒るわけないと、呆れることはあるかもしれないと、そんな僕の予想を全く無視して、幾乃は眉ひとつ動かさずに僕たちへ傘の切っ先を向けた。
「では」
対応すべく動く本能に、まさか、という気持ちが差し込んだ。
それが一瞬の判断を鈍らせた。「ヴィンクタスペンナ、紗希」
ぱん、と開かれた幾乃の傘の表面を、青白い文字が閃く。
「っ紗希」
ぎし、と呼吸が詰まったような静止をした紗希。驚愕が滲む双眸が幾乃を見つめている。
ボナビランクスを、と遅すぎた中和の魔法式を発動させようとして、僕は背後から襲うその気配に恐怖をもって振り返った。
予想していた赤毛はいない。
「これでも市岐の端くれなの。
市岐は市岐らしく、理不尽をかざして叩き潰していこうかしら、ね」
そこにいたのは青い燐光がリズムを刻むように閃いている傘を持った幾乃だ。
ちらりと彼女は千羽を見やって言う。「手を出してくれていいのよ?」
これにはさすがに千羽も苦笑して、ひらひらと片手を振って壁際に下がった。
僕はリュックを横へ投げてエウブレウスを抱えた。
「…どこでそんなおいたを覚えて来たのかね、幾乃」
びりびりと感じる独特の薄ら寒いような魔法の気配に、僕は正直背中に冷や汗を掻きながら、表面上笑って見せた。
そんな魔法の気配など、素質を持たない彼女は全く感じやしないだろう。
「あら」と初めて眉を上げるという表情を見せて、幾乃はしれりと言いのけた。
「万人に利用できてこそ、"道具"と言うものよ」
……全く嬉しくない正論である。
(『るらんどりーめらんこりっく』2)
そんなわけで、次回は姉ちゃんと戦闘になります( `・ω・´)ゝ”☆
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